複雑な問題と連鎖問題

2009-11-23 - A.R.N [日記]
例えば日本では明治期まで脚気は国家的な問題となるほど重要な問題だった。今ではよく知られているように、脚気の原因はビタミンの欠乏という非常にしようもないものである。しかしながら、日本の脚気史などを読むと、

他方、外国など各所の脚気流行について現地調査をし、食物との関係も調査していた。とくに東南アジアでの脚気研究は、「脚気は未知栄養物質の欠乏による欠乏性疾患」と結論される段階にまで進んでいた。しかし国内では、依然として伝染病説と中毒説の勢いがつよく、「未知栄養欠乏説」はなかなか受けいれられず、脚気の原因説をめぐる混乱と葛藤がつづいた。

など書かれており、原因が特定されるのにかなりの時間を要しただけでなく、それを受け入れるのにも時間がかかったようだ。
ある意味、日本の不景気と良く似ている。被害があまりにも甚大すぎるが故に、おそらく原因も非常に大きく解決も困難なものに違いないという思い込みがあり、それが故に日銀というちっぽけな組織が原因であることに納得しがたいのかもしれない。

これは某池田センセイが散々言っているのだが

池田信夫 blog : 複雑な問題に簡単な答はない*
ティンバーゲンの有名な言葉のように、n個の政策目標を達成するためには、独立な政策手段もn個なければならない。勝間氏のいうように、これひとつ解決すれば他の問題もみんな解決するという「ボーリングの1番ピン」はないのだ。

私に言わせれば、おみゃーさん、それは考え過ぎだ、という話なのですな。
問題が複数あるからといって手をつけなければ一つも片付かないのです。いわば、出血で今にも死にそうな患者にはまずは止血と輸血が必要なのであって、どこの傷がどれだけ酷いかなんて話はとりあえず血を止めてから考えること。当座死なさない方法は何かという視点でモノを考えなければならないということです。
今、日本経済という患者はとても酷い状態で今にも死にそうであるわけですが、とりあえず輸血して状態が持ち直せば、問題として手を入れねばならないと思えた部分も回復しているかもしれませんし、そうでないところも手を入れるだけの猶予を確保できるでしょう。
最悪の時には全てが悪く見えてしまうもの。ですが、一箇所手を加えれば連鎖的にうまく行ってしまう問題も少なくなく*1、池田センセイはどうも耳学問というか目学問というか、知識と実務がうまくつながってない人のように思えますね。
BGM:夜のデンデラ野を逝く,魔術師メリー,魔法少女十字軍/蓮台野夜行 〜 Ghostly Field Club

*1:私はこれを、ギアが噛んだとかカリッとしたなんて表現する事が多いです