「勝負服」と「具足」

「勝負服」
(1)競馬で,騎手がレース時に着る上着
(2)俗に,大切な商談やデートなどへ臨む際に着用する,特別な服。特に,女性が着用する服にいう。


「具足」
(2)皆具の鎧(よろい)。また、単に甲冑(かつちゆう)。
(3)「当世(とうせい)具足」の略。
提供元:「大辞林 第二版」

日本人は兎角「一点豪華主義」になりやすいらしい。
そういえばアウトレットで買ったデニムパンツとTシャツにブランドロゴのついたバッグを下げるという女性は多い。
そしていわゆる「勝負服」
大事な仕事やデートの時に張り込んだ良い服を着るということだが、よくよく考えればこれって変じゃないかと思うのである。


どこかで読んだのだが(ファッションアドバイザーのケン青木氏の話だったかな?)、なぜ日本ではヨーロッパの高級ブランドが売れるのか、女子高生がブランドバッグを持とうとするのかという話で、日本では「一点豪華主義」「勝負服」という考え方があると話したところ、欧米のビジネスマンは、理解できない、では勝負服を着ていない日は勝負する気がないというのかね、と呆れられたという話だったと記憶している。


日経ビジネスオンラインに連載されている遙洋子氏の「男の勘違い、女のすれ違い」という連載について

先輩は私のファッションにも苦言を呈した。
「若いからって、流行の安い服ばかり着ていてはだめ。上質のものを身に着けなさい。そして靴に手を抜いてもだめ。料亭では仲居さんは靴を見て客を判断するのだから」

そんなこと言ったって、上質は高いし、高い服買ったら、靴なんかに手が回らないし…と、当時の私は不満がいっぱいだった。そもそも私はまだ流行の服が着たかった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20090610/197218/?P=1

おそらくここに男女の落差があるのだ。
仕事をする人間は仕事にふさわしい服を着るべきであり流行の服を着てはならないのである。
仕事をする時にはスーツを着よというのは、つまり男にとってスーツは、ビジネスウェアは「具足」なのだ。大勝負であろうと小競り合いであろうと、いくさに赴くのに具足を纏わぬということはありえないのである。
女性は良い服を「勝負服」と思ってしまうようだがそうではない。そして上質な服を良い服と思ってしまうようだがやはり違う。
値段や質の良し悪しは別なのである。その服を仕事に身に付けるに相応しいか否かが問題なのだ。

豪奢な玄関で靴を脱ぐ時、私は青ざめた。

急いで家を出なきゃ、と、私はたまたま玄関に脱ぎ散らかしてあった靴に、つい、足を通して家を飛び出していた。

その靴は、1980円で買った最近お気に入りの若者向け厚底シューズだったのだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20090610/197218/?P=2

男であればスーツにスニーカーを履こうと考える人間はまずいない。
なぜならその靴を気に入っていようといまいと違和感が先に立つからである。
*1


この遙洋子氏はテレビ番組のメインキャスターを務めた経験もあり、おそらく世の平均よりも「仕事の出来る」女性なのである。ところが服装となるとこのような醜態をさらしてしまっている。
だから女はと言う気は無いのだが、自身の2倍以上も年上の女性に会食に誘われながら返信もせず、平謝りで同席を許してもらいながら身支度もろくにできない。
男であれば「少なくともスーツを着なきゃな」と思う場面でスーツを着ないという選択肢はありえないのだが。

服は着てこその服

以上は別に遙洋子氏を批判するつもりで書いたのではない。
ただ、小生の自論は「服は着てこそ、着ない服は服ではない」というものであって、ゆえに取って置きの服というものは持っていないので、服に対する見方の違いというものを感じたがゆえ、ちょっと書いてみた。
なお、前述のケン青木氏は「手の届く限り良い服を着るというのは決して無駄な投資ではない」とも言っていて、個人的に感銘を受けたので書き留めておく。

*1:2ちゃんねるmixiで「スニーカーとスーツを合わせて良いですか」なんて質問が出る場合があるが、大抵は非常識、革靴を履けと言われる